アマルティア・センの『集合的選択と社会的厚生』を開く

II.読解のポイントを探る 【補題3*a】(アローの不可能性定理の証明〔前半〕)

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検討項目

位置 検討する部分 種別 訂正案, コメント
P.53 L.8 (補題3*aについて) X

関連項目

位置 検討する部分 種別 訂正案, コメント
P.53 L.8 どんな順序対についてでも Y3 いずれか1つの順序対についてでも
(→詳細
P.53 L.19 さて,xとy,およびyとzというこれらのランク付けが, Y3 とはいえ,もしxとy,yとzについてのこれらランク付けが, (→詳細



はじめに
  • この証明は,最初からP.55の11行目までの第1部と, その後の12行目(「さて,選択肢の数を大きくした場合...」)から最後までの第2部に分けて考えられます。
  • 第1部では,x, y, zの3つの選択肢のみを考えます。その範囲でD(x,y) → #D(x,y) & #D(y,z) & #D(z,x) & #D(y,x) & #D(x,z) & #D(z,y)を証明しようとしています。つまり,Jに「yでなくxとする弱い決定力がある」とすれば,Jにはx, y, zの3選択肢からの任意の2つについて強い決定力があることになる,ということを証明していきます。
  • 第2部では,選択肢の数を大きくした場合に議論を広げて,目的とした証明を終了させます。
  • なおこの証明では,「独裁者が1人いる状況で,条件U, P, Iが問題なく満足される」ということを先に確認しておくとよいでしょう。そのうえでさらに「独裁者がいない状況で,条件U, P, Iが満足されることがない」ことを確認する気持ちで読んでいくと判りやすいかと思います。
第1部について
  • 証明の最初の2つの段落は問題ないでしょう。
  • 証明の第3段落目で,「Jにはzではなくxとする決定力がある」(P.54)という結論が得られていく議論を考えます。
    • まず基本状況を確認します。いま全体がn人で,J以外の個人がn-1人いるとすると,これらn-1人はxとzの間に色々な選好関係を設定しうる人たちです。例えば,このうち個人aを取ると,この方にはxIaz, xPaz, zPaxの3通りの可能性がありますので,全体では「3のn-1乗通り」の組み合わせを想定できます。しかし,前段落のxPzは,このうちのどれであっても,それに関係なく成立するのでした。
    • つまり,Jは当初「yをxとする弱い決定力がある」と設定されただけですが,xPJy,に加えてyPJzを仮定すると(よって推移性よりxPJzも仮定すると),他のメンバーのxとzの選好に関係なくxPzが得られることになっています。
    • さて条件Iは,検討している2選択肢に関する各個人の選好のみがその2選択肢に関する社会的な選好を決めるという条件です。そこで(yPJzなどは別として)xとzの問題のみを考えると,いまxPJzであればxPzとなるのですから,Jはzではなくxとする決定力があることになるというわけです。こうして(1)式が得られます。
      • ここで,「いまyPixやyPiz,あるいはyPJzを仮定して議論を進めたのだから,この仮定を除いたらJの独裁能力はなくなるのではないか」とか,「ということは本当の意味で独裁能力といえないのではないか」という心配は不要です。
      • この点は,(「xとy」や「yとz」に関する)ある仮定のもとでxPJzによりxPzが得られた後で,「xとy」あるいは「yとz」の間の選好がどのように変化しても(つまり,今列挙したような仮定が除かれても)xPzには影響が及ばないはずだという点に注意すると判りやすいかもしれません。
      • 「影響が及ばない」のは,もし影響が及ぶとすると,(xPzという「xとz」の2項目間の社会的選択に,「xとy」や「yとz」など他の2項目間の選好が影響したことになってしまうので)条件Iに反することになってしまうためです。
      • つまり,条件Iの下では,他の選択肢に関する仮定のもとで議論を始めても,一旦「(それらの仮定の下で)xPJz→xPz」が成立することを確認すればその時点でxPJz以外の前提はもはや不要であり,それらがどう変化しても「xPJz→xPz」は成立し続けなければいけないことになっています。こうして他の選択肢に関する仮定を伴わない(1)式が得られるわけです。この流れは以下も同様です。
  • 続く議論で(2)式が得られるまでは,いまの議論と同様です。
  • (3)式の左辺のD(x,z)と,(4)式の左辺のD(y,z)は,この段階では"仮定"です。もしD(x,z)(あるいはD(y,z))と仮定したとすれば,という展開であり, D(x,z)(あるいはD(y,z))がD(x,y)からどう得られるのかの説明はこのあとでまとめられます。D(x,y)→D(x,z)の説明はP.54の下から6行目に,D(x,y)→D(y,z)の説明は,同じく下から4行目に現れます。
  • (6)式の左辺のD(y,x)も当初は仮定で,(7)式に至って改めて議論がまとめられています。
  • 後は,第1部の終わりまで(P.55の11行目まで)問題ないでしょう。
第2部について
  • 「選択肢の数を大きくした場合」を念頭に,任意の選択肢u, vについて,#D(u,v)が成立することを確認しようとしています。(これが証明できればJは完全な独裁者であることになります。)

     なお「選択肢の数を大きくした場合」というのは,(第1部では3選択肢でしたから)4つ以上の選択肢ということです。また,その中に特別な2つの選択肢,つまり(D(x,y)となるような)xとyが必ず含まれていることを確認しておきます。

  • 任意にu, vを選んだあと,そのなかにxとyがいくつ含まれているかで,3つのケースに分けて考えを進めています(Jは仮定からD(x,y)である個人ですから,x, yは特別な選択肢です)。
    • 1つ目は「uとvがxとyと同一」のケースです。
      • 「u=xかつv=y」か「u=yかつv=x」のいずれかです。(「無作為にとった2選択肢に"xとyが2つとも含まれていた"ケース」ともいえます。)
      • この場合は,もう1つ適当な選択肢zをとれば,第1部の状況と同じになるので,もちろん#D(u,v)が成立します。
    • 2つ目は「uおよびvのうちの1つがxおよびyのうちの1つと同一」のケースです。
      • 「u=xかつv≠y」,「u≠xかつv=y」「u=yかつv≠x」「u=yかつv≠x」のいずれかです。(「無作為にとった2選択肢に"xとyのうち1つが含まれていた"ケース」ともいえます。)
      • まず「u=xかつv≠y」の場合を考えます。この状況で,u(つまりx)とvに加えて,3番目の選択肢として特にyを選べば,やはり第1部と同じ状況になるので,もちろん#D(u,v)が得られます。
      • その他の3つの場合も同様で,#D(u,v)が得られます。
      • (本文では#D(v,u)が得られることも書かれており,もちろん正しいのですが,この点は証明に必要というわけではありません。「任意の」u,vに対し#D(u,v)が成立することを証明できれば,#D(v,u)の成立も保証されるからです。(u, vとして何を選んでもよいので,現在すでに#D(u,v)となっているようなu, vを入れ替えて新しいu, vとしても,式は成立しなくてはなりません。))
    • 3つ目は「uおよびvがxおよびyとは異なる」ケースです。
      • いわば「u≠xかつu≠yかつv≠xかつv≠y」のケースです。(「無作為にとった2選択肢に"xとyのうちのいずれも含まれていなかった"ケース」ともいえます。)
      • この場合,uとvのいずれか1つを選んで他を一旦忘れることを考えます。特にuを選んでvを忘れることを考えても一般性を失いません。
      • この状況で,uに加えて新たにxとyの2選択肢を選ぶと,それは第1部と同じ状況になるので,ここで#D(x,u)が得られます。
      • #D(x,u)→D(x,u)です。
      • ここでvを思い出して,x, u, vの3選択肢を考えると,この3選択肢のうちの2つであるxとuについてD(x,u)なのですから,これは第1部と同じ状況です。これによって,やはり#D(u,v)が得られます。
    • 以上,考えられる3ケースのすべてについて#D(u,v)が得られました。
  • 任意のu, vについて#D(u,v)が成立せざるをえないことが判り,個人Jが独裁者にならざるをえないことが確認できました。これで証明を終えたことになります。





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[2011年12月5日 初版をアップ](最終アップデート:2015年9月1日)


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