アマルティア・センの『集合的選択と社会的厚生』を開く

II.読解のポイントを探る 【P.215, L.4】

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検討項目

位置 検討する部分 種別 訂正案, コメント
P.215 L.4 (定理10*4について) X



定義

  • 多数決決定法は,定義5*1(P.87)で導入されていました。
  • 多数決決定法で導出される社会的選好では,反射性と完備性は満足されますが(その点は判りやすいかと思います),推移性が満足されるとは限らないのでした。「SWFである」(つまり値域が順序(反射性・推移性・完備性)に限られる[定義3*1, P.51])と言うのは,推移性が満足されることを主張するものです。

証明(ERの成立が自明である場合)

  • まず,ある3選択肢集合について,あらゆる個人が自身の選好順序の中に少なくとも1組の無差別項目をもてば,一人もxPiyPizのようなチェーンの形をした選好を持たないのですから,P208の極値制限(ER)の前提部分(つまり,矢印の左辺側)が成立しません。この場合,ERの式全体は自然に成立します。証明2行目の「ERの成立は自明である」はこの意味です。
  • 次に,このような順序として,(1.2) xPyIz,(1.3) xIyPz,(2.2) yPzIx, (2.3) yIzPx,(3.2) zPxIy,(3.3) zIxPy,(7) xIyIzが取り上げられ,推移性が成立するかどうかを確認しようとしています。
  • また,N(1.2),N(1.3)などの記法が導入されますが,N(7)は任意の選択肢の双方に影響を与えるため,実際には以下の式の中に登場しません。
  • 式の2行目は,左辺のxRyに対応しています。xRyとは,xPiyの人数がyPixの人数以上という意味ですから,xPiyに相当する(1.2) xPyIzと(3.3) zIxPyの人数の合計(N(1.2)+N(3.3))が,yPixに相当する(2.2) yPzIxと(2.3) yIzPxの人数の合計(N(2.2)+N(2.3))以上かどうかを確認しています。
  • 式の3行目も同様という理解でよいでしょう。
  • 式の4行目の左辺は,2行目の左辺と3行目の左辺を足すと得られます。2行目と3行目の左辺はどちらもゼロ以上ですから,足してもゼロ以上です。
  • さて,xRzは,xPizの人数がzPixの人数以上という意味ですから,xPizに相当する(1.2) xPyIzと(1.3) xIyPzの人数の合計(N(1.2)+N(1.3))が,zPixに相当する(2.3) yIzPxと(3.2) zPxIyの人数の合計(N(2.2)+N(2.3))以上であることに対応するのでした。
  • 式の4行目は正にこのことを表していますので,よってxRzが帰結されることになります(式の5行目)。

証明(ERの成立が自明でない場合)

  • 少なくとも1人,xPiyPizのようなチェーンの形をした選好を持つことになります。
  • 例として,下記のリストの中から(1.1)を取り上げることにしています。
    • (1.1) xPyPz (1.2) xPyIz (1.3) xIyPz
    • (2.1) yPzPx (2.2) yPzIx (2.3) yIzPx
    • (3.1) zPxPy (3.2) zPxIy (3.3) zIxPy
    • (4) xPzPy (5) zPyPx (6) yPxPz
    • (7) xIyIz
  • 背理法を用いる方針で,「ERが成立しても非推移的である」と仮定しました。
  • 非推移性が成立するとは,少なくとも次のいずれかが成立することです。
    • (a1) xRy & yRz & zPx
    • (a2) yRz & zRx & xPy
    • (a3) zRx & xRy & yPz
    • (b1) zRy & yRx & xPz
    • (b2) yRx & xRz & zPy
    • (b3) xRz & zRy & yPx
    ですが,(a1), (a2), (a3)のどれかと,(b1), (b2), (b3)のどれかが同時成立することはありません。("1つだけが真である"という点はこのことに対応しています。)
  • (「"1つだけが真である"とは,前向きの循環と後ろ向きの循環が同時成立するのはxIyIzのときのみで,それが推移性と矛盾しないため」であるとも言えます。非推移的であることを言うのには,前向きか後ろ向きの循環が必要ですが,両方同時に成立することは求められません。)
  • (1.1)を選んだため,xPiyPizが少なくとも1人います。
  • p.216で,zRxからN(zPx)>=N(xPz)となるのはよいでしょう。このN(xPz)は少なくとも1人います(xPiyPizが少なくとも1人いるため)。
  • よって,N(zPx)>=1も必要です。
  • そして,xPiyPizとERの定義より,そのN(zPx)に対応する人(1人以上いる)は,zPiy&yPixでなければなりません。
  • さて,xPiyPizとzPiy&yPixがいることを前提に,ERの条件を考えると,(1), (2), (3), (4)の順序しか残らないことになります。(xPzを含むものは(1)xPiyPizでなければならず,(2)zPxを含むものはzPiy&yPixでなければなりません。そこでxIzを含むものが残りますが,そのうち,xIiyIizは多数決決定法では常に双方に影響を与えるため,カウントから外すことになります。よって,考慮するのは(3), (4)のみとなります。)
  • xRy& yRz &zRxから計算が始まります。
    • xRyから,「xがyより望ましい人数」(N1+N4)が「yがxより望ましい人数」(N2+N3)以上であることを考え,N1+N4>=N2+N3です。
    • yRzから,「yがzより望ましい人数」(N1+N3)が「zがyより望ましい人数」(N2+N4)以上であることを考え,N1+N3>=N2+N4です。
    • zRxから,「zがxより望ましい人数」(N2)が「xがzより望ましい人数」(N1)以上であることを考え,N2>=N1です。
    • N1+N4>=N2+N3とN1+N3>=N2+N4を辺々で足すと,2N1>=2N2で,N1>=N2です。
    • これとN2>=N1を考え合わせるとN1=N2です。
    • これをN1+N4>=N2+N3とN1+N3>=N2+N4に代入すると, N4>=N3とN3>=N4で,結局N3=N4です。
    • ところで,yRxは,「yがxより望ましい人数」(N2+N3)が「xがyより望ましい人数」(N1+N4)以上であるのがポイントですから,N2+N3>=N1+N4に対応するのでした。今,N1=N2かつN3=N4なので,N2+N3=N1+N4ですが,よってこのN2+N3>=N1+N4は成立しています。つまりyRxが成立しています。
    • 同様に,xRzは,「xがzより望ましい人数」(N1)が「zがxより望ましい人数」(N2)以上であるのがポイントですから,N1>=N2に対応するのでした。今,N1=N2なので,このN1>=N2は成立しています。つまりxRzが成立しています。
    • 同様に,zRyは,「zがyより望ましい人数」(N2+N4)が「yがzより望ましい人数」(N1+N3)以上であるのがポイントですから,N2+N4>=N1+N3に対応するのでした。今,N1=N2かつN3=N4なので,N2+N4=N1+N3ですが,よってこのN2+N4>=N1+N3は成立しています。つまりzRyが成立しています。
  • こうして,xRy& yRz &zRxという前向きの循環から,yRx& xRz &zRyという後ろ向きの循環が導出されてしまいました。これは「1つだけが真」という最初の議論と矛盾しています。よって,この議論では,非推移性が成立不可能であることが示されてしまいました。
  • 続けて後ろ向きの循環を考えます。
  • zRy & yRxから考え始めました。
    • 1行目は,N(zPy)-N(yPz)とN(yPx)-N(xPy)がそれぞれ0以上という考えから始まり,項の位置を左右に修正して,N(zPy)-N(xPy)とN(yPx)-N(yPz)の和が0以上という表現にしたものです。
    • ここで下記のリストをもう一度考えます。
      • (1.1) xPyPz (1.2) xPyIz (1.3) xIyPz
      • (2.1) yPzPx (2.2) yPzIx (2.3) yIzPx
      • (3.1) zPxPy (3.2) zPxIy (3.3) zIxPy
      • (4) xPzPy (5) zPyPx (6) yPxPz
      • (7) xIyIz
    • N(zPy)に関連するのは,(3.1), (3.2), (3.3), (4), (5)です。
    • N(xPy)に関連するのは,(1.1), (1.2), (3.1), (3.3), (4)です。
    • よって,(重複部分を除いて),N(zPy)-N(xPy)では,(3.2), (5)の人数の合計から, (1.1), (1.2)の人数の合計を引けばよく,

      N(zPxIy)+N(zPyPx)-N(xPyPz)-N(xPyIz)= N(zPyIx)+N(zPyPx) -N(xPyPz)-N(xPyIz) = N(zPyRx) -N(xPyRz)
    • また,N(yPx)に関連するのは,(2.1), (2.2), (2.3), (5), (6)です。
    • N(yPz)に関連するのは,(1.1), (1.3), (2.1), (2.2), (6)です。
    • よって,N(yPx)-N(yPz)では,(2.3), (5)の人数の合計から, (1.1), (1.3)の人数の合計を引けばよく,

      N(yIzPx)+N(zPyPx)-N(xPyPz)-N(xIyPz) = N(zIyPx)+N(zPyPx) -N(xPyPz)-N(xIyPz) = N(zRyPx) -N(xRyPz)
    • 以上より,式の展開として N(zPyRx) -N(xPyRz) +N(zRyPx) -N(xRyPz) >=0が得られます。
    • ところで,この緑の負の項は0になることはありません。 最初にxPiyPizが少なくとも1人いると仮定したため, どちらも少なくとも1人いるはずです。
    • よって, N(zPyRx) +N(zRyPx) >0であるはずです。 こうして式の最終行が得られました。
  • さて,xPiyPizとERを前提すると, zPxの形で許されるのはzPyPxの場合のみでした。 よって,N(zPyIx)とN(zIyPx)はどちらも0(ゼロ)のはずです。
  • つまり, N(zPyRx) +N(zRyPx) =(N(zPyPx)+N(zPyIx))+(N(zPyPx)+N(zIyPx))>0であったはずですが,下線部が0なので, N(zPyPx)+N(zPyPx)>0で,N(zPyPx)>0が得られます。
  • こうなると,xPiyPizという個人と,zPiyPixという個人がどちらも存在することになり,さらにERが満たされるため,前に議論した(1), (2), (3), (4)の4つの順序しか考えられないことになります。すると,やはり同様に後ろ向きの順序から前向きの順序が導出されることになり,矛盾が示されます。
  • 以上,前向きの順序,後向きの順序のどちらを仮定しても矛盾が導かれ,非推移性が成立しないという最初の仮定の誤りが確認され,証明終了となります。





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[2015年7月28日 初版をアップ] (最終アップデート:2017年02月2日)


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