アマルティア・センの『集合的選択と社会的厚生』を開く

II.読解のポイントを探る 【P.212, L.12】

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検討項目

位置 検討する部分 種別 訂正案, コメント
P.212 L.12 (定理10*1について) X



証明の開始部分について

  • 定理は,無関係選択肢からの独立性,中立性,非負の反応性を前提に, 「価値制限が満たされる」→「集合的選択ルールが準推移性を満たす」を主張しています。
  • 証明では,「集合的選択ルールが準推移性を満たさない」とすると矛盾が生じるという背理法を用いて,このことを論証しようとしています。
  • ところで,補題10*cでは,「価値制限が満たされる」→「(1), (2), (3)のうち少なくとも1つが満たされる。また(4), (5), (6)の少なくとも1つが満たされる」が確認されていました。 本証明の背理法ではこのことを利用しており,「(1), (2), (3)のうち少なくとも1つが満たされる。また(4), (5), (6)の少なくとも1つが満たされる」以上,「集合的選択ルールが準推移性を満たさない」とすると矛盾が生じることを示す論法を取っています。

p.212の数式について

  • 1行目は,補題1*cの(1)式(P.212の3行目)から得られます。(1)式は,xIyIz以外にxRyRzが成立するケースがないことを主張しますので, 〜(xIiyIiz)⇔〜(xRiyRiz)⇔〜(xRiy & yRiz)です。よって, 〜(xIyIz)→〜(xRy & yRz)も成立します。
  • 1行目の中の〜(xRiy & yRiz)より,「xRiyが成立する場合は,yRizが成立しない(zPiyが成立する)」ことが必要です。また,「yRizが成立するならばxRiyが成立しない(yPix)が成立する」ことが必要です。
  • 数式で表せば,(xRiy→zPiy)&(yRiz→yPix)となります。
  • こうして,2行目の展開の∀i:{〜(xIiyIiz)→[(xRiy→zPiy)&(yRiz→yPix)]}が得られます。
  • この2行目から, ∀i:{[〜(xIiyIiz) & xRiy → zPiy]&[〜(xIiyIiz)&(yRiz)→yPix]}が得られます。
    • 2行目で,∀i:{〜(xIiyIiz)→[(xRiy→zPiy)&(yRiz→yPix)]}の下線部に注意すると,〜(xIiyIiz)であり,xRiyであれば,zPiyでなければならないことになっています。
    • つまり,〜(xIiyIiz) & xRiy → zPiyです。
    • 同じく,∀i:{〜(xIiyIiz)→[(xRiy→zPiy)&(yRiz→yPix)]}の下線部に注意すると,〜(xIiyIiz)であり,yRizであれば,yPixでなければならないことになっています。
    • つまり,〜(xIiyIiz) & yRiz → yPizです。
  • 続けて,xRy⇔(xPy) or (xIy)であることから,式を次のように変形できます。

    ∀i:{[〜(xIiyIiz) & xRiy → zPiy]&[〜(xIiyIiz)&(yRiz)→yPix]}

      →∀i:{[〜(xIiyIiz) & (xPiy or xIiy) → zPiy]&[〜(xIiyIiz)&(yPiz or yIiz)→yPix]}

      →∀i:{[〜(xIiyIiz) & (xPiy) → zPiy]  (※以下「前提1」と呼びます)
        &[〜(xIiyIiz) & (xIiy) → zPiy]  (※以下「前提2」と呼びます)
        &[〜(xIiyIiz) & (yPiz) → yPix]  (※以下「前提3」と呼びます)
        &[〜(xIiyIiz) & (yIiz) → yPix]}  (※以下「前提4」と呼びます)
  • ここから,P.212の数式の3-4行目への展開が得られます。すなわち,

      →∀i:{[(xPiy → zPiy)  (※以下「結果1」と呼びます)
         & (xIiy → zRiy)]  (※以下「結果2」と呼びます)
         &[(yPiz → yPix)  (※以下「結果3」と呼びます)
         &[(yIiz → yRix)]}  (※以下「結果4」と呼びます)
    • 結果1[xPiy → zPiyは,前提1 [〜(xIiyIiz) & (xPiy) → zPiy]から得られます。
      • もともと,xPiy→〜(xIiyIiz)です。(もちろん,xPiy→〜(xIiyIiz) & xPiyでもあります。)
      • よって,xPiy→〜(xIiyIiz) & (xPiy) → zPiyで,結果1が得られました。
    • 結果2[xIiy → zRiy]は,前提2 [〜(xIiyIiz) & (xIiy) → zPiy]から得られます。
      • 例えば,〜(yIiz) & (xIiy) → 〜(xIiyIiz) & (xIiy) です。
      • よって,〜(yIiz) & (xIiy)→ zPiyです。
      • 一方, (yIiz) & (xIiy) → zIiyが成立します。
      • この2式より,xIiy → zRiyとなり,結果2が得られました。
    • 結果3[yPiz → yPix]は,前提3 [〜(xIiyIiz) & (yPiz) → yPix]から得られます。
      • もともと,yPiz→〜(xIiyIiz)です。(もちろん,yPiz→〜(xIiyIiz) & (yPiz)でもあります。)
      • よって,yPiz→〜(xIiyIiz) & (yPiz) → yPixで,結果3が得られました。
    • 結果4[yIiz → yRix]は,前提4 &[〜(xIiyIiz) & (yIiz) → yPix]から得られます。
      • 例えば,〜(xIiy) & (yIiz) → 〜(xIiyIiz) & (yIiz) です。
      • よって,〜(xIiz) & (yIiz) → yPixです。
      • 一方, (xIiz) & (yIiz) → yIixが成立します。
      • この2式より,xIiy → zRiyとなり,結果4が得られました。
  • ※なお,以上の式の展開が適切であることは,次のように確認することもできます。(本件は補足です。)
    • 13ケースの順序について,〜(xIiyIiz) ∧ xRiy → zPiyが成立しているケースがどれか確認すると以下のようになります。

          A: 〜(xIiyIiz) B: xRiy A∧B C: zPiy A∧B → C
      (1.1) xPyPz × ×
      (1.2) xPyIz × ×
      (1.3) xIyPz × ×
      (2.1) yPzPx × × ×
      (2.2) yPzIx × × ×
      (2.3) yIzPx × × ×
      (3.1) zPxPy
      (3.2) zPxIy
      (3.3) zIxPy
      (4) xPzPy
      (5) zPyPx × ×
      (6) yPxPz × × ×
      (7) xIyIz × × ×
    • 13ケースの順序について,〜(xIiyIiz) ∧ yRiz→yPixが成立しているケースがどれか確認すると以下のようになります。

          A: 〜(xIiyIiz) B: yRix A∧B C: yPix A∧B → C
      (1.1) xPyPz × × ×
      (1.2) xPyIz × × ×
      (1.3) xIyPz × ×
      (2.1) yPzPx
      (2.2) yPzIx
      (2.3) yIzPx
      (3.1) zPxPy × × ×
      (3.2) zPxIy × ×
      (3.3) zIxPy × × ×
      (4) xPzPy × × ×
      (5) zPyPx
      (6) yPxPz
      (7) xIyIz × × ×
    • 以上より,13ケースの順序のうち,(1.1), (1.2), (1.3), (3.2)を除いた9ケースのみが可能なケースとして残されていることになります。
    • 数式3行目の∀i: [(xPiy→zPiy)&(xIiy→zRiy)]について。この前提の下で,青の∀i: xPiy→zPiyと緑のxIiy→zRiyが成立することは以下のように確認できます。

          A: xPiy B: zPiy A→B C: xIiy D: zRiy C→D (A→B)&(C→D)
      (2.1) yPzPx × × × ×
      (2.2) yPzIx × × × ×
      (2.3) yIzPx × × ×
      (3.1) zPxPy ×
      (3.3) zIxPy ×
      (4) xPzPy ×
      (5) zPyPx × ×
      (6) yPxPz × × × ×
      (7) xIyIz × ×
    • 数式4行目の∀i: [(yPiz→yPix)&(yIiz→yRix)]について。この前提の下で,青の∀i: yPiz→yPixと緑のyIiz→yRixが成立することは以下のように確認できます。

          A: yPiz B: yPix A→B C: yIiz D: yRix C→D (A→B)&(C→D)
      (2.1) yPzPx ×
      (2.2) yPzIx ×
      (2.3) yIzPx ×
      (3.1) zPxPy × × × ×
      (3.3) zIxPy × × × ×
      (4) xPzPy × × × ×
      (5) zPyPx × ×
      (6) yPxPz ×
      (7) xIyIz × ×

p.213 「∀i:{[(xPiy→zPiy)&(xIiy→zRiy)] & [(yPiz →yPix) & (yIiz →yRix)]}」(p.212)からの変形について。

  • p.213の最初の式への変形は,書籍の脚注6で説明されています。この説明の内容を確認しましょう。
  • 「もし(xPiy⇔zPiy)&(xIiy⇔zIiy)ならば,中立性(P.88)によって,(xPy→zPy)&(xIy→zIy)」について。
    • 「(xPiy⇔zPiy)&(xIiy⇔zIiy)」は単なる仮定です。P.212で実際に導出さたのは「(xPiy→zPiy)&(xIiy→zRiy)」でした。ですが,これを利用するために,まずは仮定ベースの議論が開始されました。
    • 中立性は,(∀i: xRiy⇔zR'iw)&(∀i: yRix⇔wR'iz)→(xRy⇔zR'w)&(yRx⇔wR'z)]が任意のx, y, z, w∈Xに対して成立することでした。
    • 各個人の選好に順序が前提されている場合,この式の左辺の(∀i: xRiy⇔zR'iw)&(∀i: yRix⇔wR'iz)は, (∀i: xPiy⇔zP'iw)&(∀i: yIix⇔wI'iz)と同値です。
    • すなわち,中立性は,「(∀i: xPiy⇔zP'iw)&(∀i: yIix⇔wI'iz)→(xRy⇔zR'w)&(yRx⇔wR'z)]が任意のx, y, z, w∈Xに対して成立すること」でもあります。
    • さて,(xRy⇔zR'w)&(yRx⇔wR'z)が成立しているのですから, もしxPyであればzP'wであり,xIyであればzI'wです。つまり,(∀i: xPiy⇔zP'iw)&(∀i: yIix⇔wI'iz)→(xRy⇔zR'w)&(yRx⇔wR'z)→(xPy→zP'w)&(xIy→zI'w)です。
    • wをyと書き換えると,(∀i: xPiy⇔zP'iy)&(∀i: yIix⇔yI'iz)→(xPy→zP'y)&(xIy→zI'y)]となります。
    • また,今は個人の選好の布置が変わった訳ではないので, RとR'を区別する必要はなく,こうして(xPy→zPy)&(xIy→zIy)が得られることになります。
    • 以上,「もし(xPiy⇔zPiy)&(xIiy⇔zIiy)ならば,(xPy→zPy)&(xIy→zIy)」と確認されました。
  • 「(xPiy→zPiy)&(xIiy→zRiy)であれば,非負の反応性(P.90)によって(xPy→zPy)&(xIy→zRy)」について。
    • 非負の反応性は,∀x,y ∈X: [∀i:(xPiy→xPi'y)&(xIiy→xRi'y)] →[(xPy→xP'y)&(xIy→xR'y)]が成立することでした。
    • つまり,個人レベルでP→P,I→Rならば,社会レベルでも同様であるということでした。 この点では,今回の脚注での議論と対応しているようにも見られます。
      • すでに「もし(xPiy⇔zPiy)&(xIiy⇔zIiy)ならば,(xPy→zPy)&(xIy→zIy)」と確認されていました。
      • そこで,P.212で得られた実際の前提である「(xPiy→zPiy)&(xIiy→zRiy)」を考えるならば,それは P→P, I→Rという変化とも位置づけられ,よって,社会レベルの同様の変化(P→P, I→R)の結果として,「(xPy→zPy)&(xIy→zRy)」が得られるというようにも見えます。
    • ただ,P.90では,xとyという2つの選択肢でのみ定義されていた点,PやIからP'やR'(記号付き)という社会的選好関係の変化を想定した定義になっていた点で,今回との異なりが感じられます。以下,この異なりに注意して式の展開を確認します。
      • (xPiy→zPiy)&(xIiy→zRiy)でした。
      • zPiy⇔xPi'y&zIiy⇔xIi'yとします。
      • xPiy→zPiy→xPi'yxIiy→zRiy→(zPiy or zIiy)→(xPiy or xIiy)→xRi'yが成立していることになります。
      • 非負の反応性が成立しているので,∀x,y ∈X: [∀i:(xPiy→xPi'y)&(xIiy→xRi'y)]→[(xPy→xP'y)&(xIy→xR'y)]です。 (前半部分は直前の項目で確認しました。)
      • ところで,中立性は,「(∀i: xPiy⇔zP'iw)&(∀i: yIix⇔wI'iz)→(xRy⇔zR'w)&(yRx⇔wR'z)]が任意のx, y, z, w∈Xに対して成立すること」でもありました。これより, xとzを入れ替え,またwをyに置き換えて, 「(∀i: zPiy⇔xP'iy)&(∀i: (zIiy⇔xI'iy)→(zRy⇔xR'y)&(yRz⇔yR'x)]」が得られます。
      • こうして(zRy⇔xR'y)&(yRz⇔yR'x)が得られ,よって(xP'y⇔zPy)&(yI'x⇔yIz)と確認できます。
      • 以上,色をつけた各点を非負の反応性の式に当てはめると,∀x,y ∈X: [∀i:(xPiy→zPiy)&(xIiy→zRiy)]→[(xPy→zPy)&(xIy→zRy)]の式が得られます。
  • 「同様にしてyRz→yRx」の点は,同様ということでよいかと思います。
  • こうして,[(xRy→zRy) &(yRz→yRx)]が得られました。
  • これを用いて,(xRy & yRz & zRx)→(xRy & zRy & yRz & yRx & zRx)→((xRy & yRx) & (zRy & yRz) & zRx)→(xIy & yIz & zRx) →(xIy & yIz)を確認します。(xRyとyRzに加えて,zRxを持ち込んで展開を確認しています。)
  • 続く2式はx, y, zを入れ替えたものということでよいでしょう。
  • 証明の最後の8行の説明は判りやすいと思います。uPv, vPw wRuのような準推移性を否定する組み合わせ(Pを2つ用いるので,Iは高々1つしか加わりません)が見つからないことを説明しています。このような組み合わせの存在には,まず(xRy & yRz & zRx)か(yRx & xRz & zRy)のような循環が必要ですが,それを仮定したとたんに,無差別(I)が2つ生じてしまうことが明らかになってしまいました。よって,準推移性は否定できない(準推移的である)ことが確認されて,証明終了となります。







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[2015年7月29日 初版をアップ] (最終アップデート:2015年11月23日)


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