アマルティア・センの『集合的選択と社会的厚生』を開く

II.読解のポイントを探る 【P.42 L.6】

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検討項目

位置 検討する部分 種別 訂正案, コメント
P.42 L.6 (補題2*hについて) X



 「厳密な半順序」は推移性・非対称性を満たす場合 です(p.14)。このうち非対称性は,Scitovsky原理のもとでのPを考える上では(p.41の定義2*8より)当然ですので,問題は推移性が成立するかどうかです。

 つまり,Scitovsky原理のもとでのPに関して, 与えられた仮定のもとで,xPy & yPz →xPzを示すのが証明の目的です。

 以下,証明の手順を考えます。

  • まずScitovsky原理のもとで「任意のx, y, z ∈Xについて xPy and yPz → ∃x'∈S(x):x'#Py and ∃y'∈S(y): y'#Pz」が成立するのは,これまでの定義から理解できます。
    • 前ページの定義2*8の「Scitovsky原理によるxPyの定義」(もともとは定義2*7の「Kaldor原理によるxPyの定義」に依拠している)から,以下の2式が得られます。
      • xPy → ∃x'∈S(x):x'#Py
      • yPz → ∃y'∈S(y): y'#Pz
    • この2式の左辺同士,右辺同士をandで結ぶと得られます。
    • 2式が得られる点は, 定義2*7の「Kaldor原理によるxPyの定義」が以下のように書き直せることを踏まえると判りやすいかと思います:

       任意のx, y∈X: [xPy]⇔∃z: [z∈S(x) & z#Py]

      (もっと簡単に,「任意のx, y∈X: xPy⇔∃z∈S(x): z#Py」としてもよいでしょう。なお,⇔が成立するのはKaldorの場合で,Scitovskyの定義では制限があるため右矢印(→)のみになります。)

  • さて →の右辺の「∃x'∈S(x):x'#Py and ∃y'∈S(y): y'#Pz」を考えます。 これより,

     →(∀y"∈S(y): [∃x"∈S(x): x"#Ry"]) and (∃y'∈S(y): y'#Pz)

    〔前半の∃x'∈S(x):x'#Py の部分に仮定(補題2*h本体の3行目の式)を適用しました(∀y"∈S(y)ではy'を使えるとよかったのですが,∃y'∈S(y)と重複するので新しいy"の記号を使っています)。また判りやすくなるように括弧をつけました。〕

  • さて,上の式で前半には∀y"∈S(y),後半には∃y'∈S(y)があります。y"は任意なのですから,後半の∃y'∈S(y)として選んだy'でも成立するでしょう。そこで,

     →∃y'∈S(y): [[∃x"∈S(x): x"#Ry'] and y'#Pz]

    〔本書の証明の4行目は,(∃y'∈S(y):が省略されていますが)この式として理解できます。〕

  • つづけて式を簡単にしていきます。

     →∃y'∈S(y) [∃x"∈S(x): x"#Ry' and y'#Pz]

    〔内側の括弧をひとつ外しました。∃x"∈S(x)の影響範囲が広がりますが,y'#Pzは∃x"∈S(x)と関係がないので問題ありません。〕

  • さらに式を簡単にします。

     →∃y'∈S(y) [∃x"∈S(x): x"#Pz]

    〔x"#Ry' and y'#Pz →x"#Pzの計算を使いました。〕

    • この計算の妥当性は以下のように確認できます。

      x"#Ry' and y'#Pz →x"#Ry' and (y'#Rz and 〜(z#Ry'))〔P.37の定義2*3の#Pの定義より〕

      1) そこで,まずx"#Ry' and y'#Rzより,x"#Rzが判ります。〔#Rが推移性を満たすためです。(P.38の補題2*aの証明参照)〕

      2) また,〜(z#Rx")も背理法で確認できます。 もしz#Rx"であるとすると,上記のx"#Ry'とあわせてz#Rx" and x"#Ry'→z#Ry'となりますが,これが上記の〜(z#Ry')と矛盾するためです。

      1), 2)よりx"#Pz。よって,x"#Ry' and y'#Pz →x"#Pzが示されました。

  • こうなると,∃y'∈S(y)はもう関係ないので,外しても構いません。よって,

     →∃x"∈S(x): x"#Pz

    〔これが本書の証明の5行目の式です。〕

  • さてこの式のかたちから,すでにKaldorの意味においてはxPzになっています。問題はScitovskyの意味でxPzになるかどうかです。
  • 証明の6行目で「xPzであるのは...成り立たないときである」というのは,定義2*8(p.41)に基づいてScitovskyの意味でxPzである条件を述べたものです。すなわち,~(zPx)が必要十分条件であることを確認しました。
  • 以下,~(zPx)を背理法で証明しています。
    • もしzPxが成立するとすれば,∃z'∈S(z):z'#Pxです。
    • すると,これまでの本書の証明の2行目から4行目への転回と同様に,つぎのことを考えることができます (ここでxPyはすでに推移性証明の仮定にあったものです)。

      zPx & xPy →∃z'∈S(z):z'#Px &∃x'∈S(x):x'#Py →∃z"∈S(z):z"#Rx' & x'#Py

      〔下線部は,証明の2行目から4行目で,xをz,yをx, zをyと置き換えたかたちです。)
    • こうして「∃z"∈S(z):z"#Rx' & x'#Py」(本書の証明の7行目)が得られました。この式は,さらに本書の5行目のように簡単にできます。

       →∃z"∈S(z): z"#Py

      〔下線部は,証明の5行目で,xをz,(yをx), zをyと置き換えたかたちです。)
    • 以上,「∃z"∈S(z): z"#Py」が得られましたが,ところで,もともと推移性証明の仮定に「yPz」もあったのでした。Shitovsky原理の定義により, yPzということは~(zPy)で,つまり ~(∃z"∈S(z):z"#Py)となり,ここに矛盾が見出されました。
    • こうして~(zPx)を確認しました。
  • 以上より,任意のx, y, zについて,xPy & yPz →xPzとなり,推移性が満たされることが証明されて終了します。





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[2011年9月22日 初版をアップ] (最終アップデート:2015年9月1日)


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